大判例

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東京高等裁判所 昭和60年(う)309号 判決

所論は,原判決は,被告人が本件犯行当時破瓜型の精神分裂病に罹患していたことを認めながら,その責任能力については心神耗弱と認定したにとどまるが,被告人は本件犯行当時,右の疾患により心神喪失の状態にあったものであるから,原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある。というのである。……中略……

関係証拠特に原審鑑定人宮本忠雄作成の鑑定書及び同人の原審の証人尋問調書によれば,被告人は,昭和56年ころから破瓜型の精神分裂病に罹患して次第にその症状が増悪し,本件各犯行当時には独語,空笑,奇行,自閉,情意鈍麻,意欲の低下,活動性の減退,引きこもり,周囲に対する関心の低下,身辺の不潔さ,疏通性の悪さなど,精神分裂病に特有の種々の精神症状が著明となり(なお,被告人の右のような症状,特に疏通性の悪さについては,シンナーや覚せい剤の影響によるものとして説明することが困難である。),原審の鑑定時においても,引き続き同様の症状で経過し,入院治療をしなければ病状が固定しあるいは更に悪化するおそれのある状態にあったこと,そして,被告人は,右の精神分裂病により人格が障害され,現実検討能力を著しく欠くに至った結果,シンナー吸引について罪の意識にとらわれたり後悔したりすることがなく,度重なる検挙,処罰にもかかわらずこれに懲りることなく,欲求の赴くまま異常ともいえる頻度で本件のシンナー吸引行為を反覆したものであることが認められる。

前記宮本鑑定人は,被告人の病状の程度について,これを「中等度」という言葉で説明し,またその責任能力についても,鑑定主文において「是非善悪の弁識能力及びそれに従って行動する能力を欠いていた」とするにとどまっているが,前記鑑定書及び証人尋問調書に当審証人新井進の証言をも参酌しながら,これを更に仔細に検討すると,被告人の病状は,人格の荒廃が進んでいわば植物人間化したような例に比べれば必ずしも重篤とはいえないとしても,発病初期に見られるような,あるいは外来通院による治療で済ませられるような軽症のものとは異なるし,また,寛解期にあったわけでもないこと,また,前記鑑定主文の記載は,それについての法的評価を司法判断に委ねる趣旨で右の表現にとどめたものであって,病状の程度が心神喪失の状態にあったことを否定する趣旨のものではないことが認められるのであって,右のような被告人の病状やその程度と前記鑑定主文の記載とに徴すれば,本件犯行当時における被告人の精神状態は,精神分裂病のため是非善悪を弁別し,右弁別に従って行動する能力を全く喪失した状態,すなわち刑法上心神喪失の状態にあったものと認めるのが相当である。

なお,原判決は,被告人の病状が中程度であることのほか,本件犯行時における被告人の意識はおおむね清明であって,犯行の動機態様にも格別異常な点がなかったことなどを根拠に,被告人が行為の是非善悪を弁別し,これに従って自己の行動を統御する能力を全く欠いていたとは認められないとしているが,原判決がその具体的情況として指摘する事項のうち,被告人が強度のシンナー中毒者でシンナーへの依存性を絶つことができず習慣的に本件犯行に及んだという点については,本件犯行当時異常な頻度でシンナー吸引を繰り返したこと自体に精神分裂病の影響が如実にあらわれているといえること前記のとおりであり,また,被告人が,店からシンナーを購入し,ビニール袋を用意し,ひと目につかない場所を選び,シンナー吸引が取締の対象になっていることを承知の上,警察官に現認されるとシンナーの隠匿や逃走を図り,警察の取調べに対し,シンナー購入の経緯等を具体的に説明したりしているとの点についても,関係各証拠によれば,被告人の場合は,右のようにある面では通常人と同じような行動能力を持つているように見えても,全人格的なものが障害されているため,自己の行動が自分自身あるいは社会に対しどのような影響を及ぼすかという全体的な判断ができない状態にあったことが認められ,更に,本件犯行が妄想,幻覚等に直接支配されたものでないとの点についても,一般に破瓜型の精神分裂病の場合には,妄想や幻覚等はあまり目立たないとされているのであって,いずれも,被告人が本件犯行当時心神喪失の状態にあったとの前記認定の妨げとなるものではない。

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